あらかじめ、黒板に書かれてある “空欄付の教科書のまとめ”
その空欄に”重要語句”を埋めていく・・・・・
そんなのは
自分でやるべき最低限の”勉強”
であって、授業ではない。
こんな授業があちこちの塾で行われてる事がそもそもの問題だ。
数年前に、オーストラリア人にこんな質問をされたことがあります。
『なぜ、ヨリトモは、エンペラーを殺さなかったのか?』
海外の人たちからすると
自国の歴史を知らない、
自国の文化を知らない人間は、
自国のアイデンティティを持たない人間とみなされます。
つまり・・・
“自国のアイデンティティに稀薄で教養人に値しない” と見なされます。
あの林修先生も同じようなことを言ってます。
語学としての英語を専門的に学んだ長女も同様なことを言ってました。
自国の自慢できるものについては、堂々とアピールし、
反省すべきところは、反省し改善できる冷静な日本人になるためにも
『日本史探求』を学ぶ意義は、ますますその重要度は増していきます。
重要語句の穴埋めだけ、という薄っぺらな作業で済まされてはならないのです。
重要語句を暗記するだけの勉強では、
共通テストはもちろん、難関私大ではぜんぜん点数をとれません!!
ましてや、今や定番となった《論述問題》には全く歯が立ちません。
そもそも『日本史』とは、日本に関わる過去の色々な出来事を史料を通じて明らかにし、
時間の流れに則してその因果関係を探り、その意味を解明する学問です。
いま、日本やそれを取り巻く国際社会で起こってる様々な出来事は、一見すると突然発生
したように思えるかもしれませんが、それは良くも悪くも歴史に根ざした長い人間の営み
の所産そのものです。
その時代、その時代に生きた”生身の人間たち”がどのよう状況のなかで、
いかなる情報や認識を持って、何を考え行動したのか?
こういつたことを状況に則して理解する!!
本質はココです!!
特に、サンフランシスコ平和条約以降の今に至るまでの”歴史”は、
“いま”に直結してます。
本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。