標題は、山川教科書P238から抜粋したフレーズです。
『与力』についてです。・・・・・・”大塩平八郎の乱”もテスト範囲ですね。
出典元は、昨日と同じ『日本史のネタ全集』です。
『与力』・・・・奉行、所司代などの幕府の要職に配属された下級役人。
その配下が”同心” (山川日本史用語集より)
今で言えば、警察署の副署長兼消防署の副署長兼裁判所の№2って感じ。
署長は”お飾り”としていたんですが、実質的には、”与力” が仕切ってました。
さて、本題に入りましょう・・・・・・・
『与力』は、どこの与力でも、とても”羽振り”が良かったそうです。
収入(家禄)が特別良かった・・・ということではありません・・・
いわゆる、高給取りじゃなかったんです・・・・
それなのに、何故?
賄賂
大名や、大商人が賄賂として、金品を渡してたんですって!!
何か、もめ事があった時は、宜しくってやつですよ。
『おぬしも、悪よのう~』って話。
例えば、参勤交代の時とか、多くの家臣が江戸に在住してます。
彼らは江戸の町人から”田舎者”ってバカにされ喧嘩を売られることもあったそうです。
『火事と喧嘩は江戸の華』って言葉がありますもんね・・・・
その際、家臣がキレて、江戸の町人を斬る・・・・それが幕府上層部に知れれば大問題。
事件現場を取り仕切る与力に穏便に済ましてもらおうってことですね。
だから、江戸在住の大名たちはみな、与力と親密な関係を築こうとしたわけです。
与力は、大名、大商人たちのもめごとの相談役でもあったんです。
それに、輪をかけて、当時は、贈収賄はご法度ではなかったんですって。
“与力、ウハウハ” ってこと。
しかし、大塩は、正義感の塊。
腐敗役人だったり、役所ぐるみの腐敗をあばいたり・・・・・
結局、武装蜂起して、天誅を下すことで、腐敗を一掃しようと・・・・・
あとは、皆さん、ご存知の『大塩平八郎の乱』ですね・・・・・・
群衆が取り囲む中での非業の自刃。
死に際も、大塩らしく、見事だったそうです。
言い出しっぺが、最後は、全責任を負う。
そんなのいつの時代でも当たり前!!
大塩は、身をもって、教えてくれました。
『覚悟』とか『腹をくくる』ってよく耳にします。結局こういうこと。
今日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。