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普段、日本史を指導させてもらってる立場で書かせてもらうと・・・・

 

縄文時代と言えば・・・

 

“縄文海進”により今の、日本列島が形成され、自然環境の変化が、

縄文時代の社会を作っていったわけです・・・

列島各地では、狩猟・漁労・採取が盛んにおこなわれ、

様々でバラエティーに富んだ食料獲得が可能になったことで、

定住化が進みました・・・

また、呪術的風習も見受けられ、貧富の差のない社会でした。

 

この縄文時代は、

なんとっ!!  1万3000年も前から始まり・・・1万年以上も続いてたのです!!

 

今は・・・・2022年です・・・・縄文時代の1万年に比べたら、まだ、

たかだか、2000年つまり、”縄文時代においては、5分の1″が過ぎただけ、

こんなイメージです。

 

さて・・・北海道・北東北の縄文遺跡群ですが、

教科書には書かれていない、様々な貴重な情報を知ることができます。

 

彼らは・・・既に、1万年前から、津軽海峡を行き来してたんです!!

 

 

知れば知るほど、ドンドン引き込まれていきます。

 

縄文遺跡群は、かつて日本列島に『定住型の狩猟採取社会』という世界的に見ても珍しい

社会が存在してたことを示してます。

 

なぜ、北海道・北東北で、縄文時代に定住が可能だったか?

冬の食料はどのように確保されてたのか?

 

ここが最大の謎でした・・・・

 

答えは・・・・『クリ』

 

既に、彼らは『クリ』主食としてたんです!!

 

 

農耕をせずに採集・漁労・狩猟を生活の基盤としながら、定住が可能だった背景には、

『クリの木』栽培してた!!   という事実があったのです。

 

実際に・・・・三内丸山遺跡のこの巨大建造物もクリの木で作られたものです。

 

クリを主食とし、時には漁労、時には狩猟、時には採取・・・・

『自然と共生した文化』が北海道・北東北には存在してたのです!!

 

同じ時代、世界各地では、農耕や牧畜を行いながら定住するようになります。

しかし、農耕をせずに、クリの木の栽培と漁労・狩猟・採取を生活の基盤とし、

定住を持続しました。

また・・・縄文時代の集落では、周りに壁や策を立てたり、溝を掘ったりして、

外から侵入されないようにするといったことがなく、とても開放的なのも大きな特徴で

す。外国の都市が城壁で囲まれたり、弥生時代の集落に環濠があったりするのとは、

対照的です!!

『戦争』のような大規模な争いを示す遺跡や遺物は皆無です。

また、舟による交通・交易システムもかなり高度化され発達しており、

遠隔地方や他文化とも密接に交流を持ってました!!

 

このことから・・・

縄文時代の社会は、他者を受け入れる多様性の社会だったといえるのでしょう・・・

縄文時代は、1万2000年も続いた穏やかな時代、豊かな精神性と人々が自然の中の一員と

して平等に生きる という思想が芽生え、根付いた時代だったのです。

縄文時代がなぜ、1万年以上も長きにわたり続いてたのか?

 

理由も納得できますね・・・・・・

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

実力養成会は、生徒からの質問も随時、受け付けており、

しっかりと対応させてもらってます!!

ただし・・・・問題だけ送って、“分かりません、教えてください”

という100%他力本願な質問(実力養成会にはそのような質問する生徒はいませんが)

は論外です・・・受け付けません。

 

 

某トップ高の高2生からの質問です!!

自分で解いて、正解したものの、モヤモヤ感が残ってたようです・・・・

 

でっ・・・・解答・解説がコレです!!

これ以降は・・・今朝の”やりとり”です(笑)

でっ・・・生徒から・・・

 

実力養成会では・・・・こういった・・・やりとりが、毎日です。

 

質問に対する解答・解説の返信は・・・・原則、翌朝です!!

私が・・・・超早寝早起きなもので(笑)゜

 

 

皆さんも、積極的に利用してください!!

 

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

私の大好きなテレビ番組の一つ『世界遺産』

昨日は、”北海道・北東北縄文遺跡群” でした!!

縄文人って凄かった!!・・・つくづく思いました。

当時、彼らは既に、津軽海峡を行き来してた!!   

北海道・北東北は一つの文化圏!!

農耕せずに定住できた理由が・・・クリ!!

世界に類を見ない、北海道・北東北の縄文文化!!

 

教科書(史料集)もいずれ、書き換えられるのでしょう・・・・

こんなイメージは、確かに間違いではないけど、

北海道・北東北の縄文時代はこれ以上に高度な文化だったんです。

 

 

縄文時代・・・・実に1万2000年もの長い間続いた、人々の豊かな精神性を

バックボーンとした”穏やかな時代”だったんですね・・・・・

 

明日のブログで、深掘りさせていただきたいと思います!!

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

この度、縁あって、宇都宮東高校の高1生を指導させてもらうこととなりました。

 

これまでも、遠距離のスカイプ指導は・・・・

旭川

釧路

函館

新冠

登別

穂別

帯広

仙台

宇都宮

広島

福岡

こういった実績です。

 

今となれば・・・スカイプ授業は、実力養成会の”看板”の一つです。

 

 

 

オンラインだから・・・と心配・不安の声も聴きますが、

実力養成会のスカイプ授業は、長年の経験と圧倒的合格実績が示すように、

対面と全く変わりありません。

 

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

今年の北海道マラソンで65歳にして、見事に完走した友人Tの影響だ。

 

世の中・・・”口だけ” のオトナはわんさかいる。

 

 

 

私や友人Tは、そんな連中とは違う。

 

 

さらには・・・・実力養成会の会員には、

様々なチャレンジをしてる生徒たちが大勢いる。

 

 

私も、そんな生徒たちに影響され、

まず・・・・今年、大型バイクの免許取得にチャレンジさせてもらった。

 

自分にとっては、大きなチャレンジであり、まさに試練であった。

 

バイクに跨るのは・・・実に40年ぶりだった。

体力、筋力、センス、どれも無残なほどに落ちていた。

自分の想像以上に・・・・・

 

周りからは、60過ぎての大型バイク免許取得は、無謀そのものだとも言われた。

 

何度もコケた。

体中、あちこちにあざもできた。

情けなさ、不甲斐なさ、みじめさ・・・心が折れそうになった

 

しかし・・・そんなとき、

一切文句を言わず、淡々と粛々と努力を継続してる生徒たちの顔が思い出された・・・

 

 

 

結果として免許を手にすることができた。

 

チャレンジすることの意義を身をもって体感させてもらった。

 

で・・・・マラソンは、60過ぎの私自身のチャレンジ第2弾ということだ。

 

最近は、毎朝、15キロを走ってる・・・・もちろん、ゆっくりとマイペースで・・・

 

気付けば・・・・

ルーティーンだった早朝ウォーキングは、早朝ランニングとなっている・・・

 

来年は、いよいよ、マラソンデビューだ!!

 

 

継続しか力にならない!!

 

 

たとえ、いくら年を取ろうとも、

生徒たちと共に、何かにチャレンジし続けていたい!!

 

 

私が、マラソンを目指す理由・・・結局は、自己満足ですね(笑)

 

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。