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  1. 本日、10月26日(土) 19:00 ~22:00 『2次関数実戦トレーニングゼミ』

 

明日、10月27日(日) 19:00~22:00 『場合の数・確率弱点克服ゼミ』

 

となってます!!

 

まだ、若干名・・・・余裕はあります!!

 

今回のゼミ・・・・・自主トレ用問題プリントも用意してます!!

 

ゼミで取り扱った問題をしっかりと復習したうえで、自主トレーニング用としての問題、

私が厳選した応用発展的な良問をまとめました!!

自主トレ用ということで、丁寧な解説付きです!!

具体的な”使い方”については、ゼミ内で指示します!!

私自身、かなり、気合い入ってますからね!

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

突然ですが・・・・・・・

スペインとイタリアと秋田県・・・・・・

 

実は共通点があります!!

 

スペイン、イタリア、秋田県・・・みなほぼ同じ緯度ってことです!!

 

でも・・・・・秋田県って冬は雪も積もり、かなり寒そうなイメージ。

一方、スペイン、イタリアって言うと、陽の光がふりそそぐ、あたたかな国。

 

 

同じ、緯度なのに、どうして?

 

 

それは・・・偏西風!!

 

 

ヨーロッパや日本の上空には偏西風が吹いてますね。

 

では、どこから吹いてるのでしょう?

 

日本は大陸(陸地)から。

スペイン、イタリアは海から。

 

海の水が冷めにくい性質があるから。

だから、冬でもそこまで冷たくならない。

そんな海から吹いてくる風・・・・・だから、スペイン、イタリアは温かい。

 

逆に、大陸(陸地)は、非常に冷え込む。

その冷たい陸地から風が吹いてくる秋田県も非常に冷え込む・・・・・こんな話でした。

 

同じ、緯度なのに気候が全然違うってことですね。

 

何年もの間、生徒とセンター地理Bの一問一答口頭チェックをしてると、

色々な事も理解し、知識もドンドン増えていきます!!

ありがたいことです!!

地図、統計などを見てて、これはこうだと覚える!!

センター地理対策って考えるとこれもまた必須の作業です。

 

しかし、このようにちょっと見方を変えれば、ストンって腹に落ちると思うんです!!

 

 

日々、是勉強!!

 

 

今日も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

  1. 月から地球を見ると・・・・・地球は丸い!!

しかし・・・・地上で暮らす、我々にとっては、地面は、真っ平!!

 

放物線は、曲線(下の画像、右のグラフ)

我々が、地面は真っ平・・・・ってのと同じ気持ちを持って!!

 

この曲線上でくらす人にとっても地面は、真っ平さ!!

真っ平らな地面の事を、【接線】っていうのさ!!

 

それで・・・・この接線ってやつをつなぎ合わせていくのさ・・・・・・

そうすると・・・・・月から見た地球が丸いのと同じように、

放物線も、曲線のように見えるって事!!

 

 

だから・・・・・

曲線を電子顕微鏡で、細かく観察していくと・・・・

接線をつなぎ合わせたもんなんだ!!・・・・・・こうなるのさ!!

 

このことを、ちょっと、気取って、アカデミックな言い方をすると・・・・

曲線の線分近似っていうのさ・・・・・これは、大学数学の話になるんだけどね。

 

微分とは、一体、なんなの?

 

それは・・・・電子顕微鏡を使って、ある1点に注意を集中してみていくってこと。

 

その1点だけで、色々な事が分って来るのさ・・・・

 

微分の微って?

『わずか』『ちいさい』『こまかい』って意味だよね。

これらは、みな、電子顕微鏡レベルさ!!

 

微分の分って?

『分ける』でしょう!!

これもまた、電子顕微鏡レベルね!!

 

ついでに・・・・・

積分も・・・・・

これは、電子顕微鏡レベルで分けたものを、積み上げていくことさ!!

 

ボンレスハムの体積を求める!! ってときも、

ボンレスハムを、ペラペラの超薄切りハムにスライスするのさ・・・・・

 

超薄切りにスライスされたペラペラハムが、電子顕微鏡レベルで分けられたもの

これらを永遠に積み上げていく・・・・・・・それがボンレスハムの体積ってこと!!

 

 

このように、生徒がイメージしやすいように、

具体的な ”例え” を多用しながら指導させてもらってます!!

 

“イメージ” から入って、最後は、キッチリと”理詰め” の理解に着地させてます!!

 

分かった!!

理解した!!

では、まだまだなんです!!

 

“腹にストンっ” と落ちなきゃダメなんです!!

 

『理詰めの完璧な理解』が、 腹にストンって落としてくれるんです!!

 

後は、自分の手で・・・・・”習うより、慣れろ!!”

 

今日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

2019
10/24

深まりゆく秋

ブログ

手稲運転免許試験場から見える手稲山です!!・・・・・昨日の午前中のスナップです。

紅葉が見事だったもので・・・・・・

 

画像からは伝わりにくいと思いますが青空と紅葉のコントラストに

目を奪われました・・・・

 

色が幾重にも重なる景色・・・・・・

今、この時期にしか見ることの出来ない水彩画のようです。

 

あ・・・・秋なんだなぁ・・・・・と実感。

 

思えば・・6月、7月、8月・・・・

日に日に、色鮮やかになっていく、アジサイに心を癒されてました。

 

そして、10月・・・・・

一日、一日と・・・・深まりゆく秋・・・・・

 

『深まりゆく』・・・・この言葉に、寂しさ、わびしさを感じてしまいます・・・・・

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

追記

昨日、人生で初めての『優良講習』を受けてきました(笑)

 

本日は、【大正政変】についてピンポイントレクチャーをさせていただきます!!

いつもの、授業のような、感じで、”ライブ感”満載で書かせていただきます!!

 

センター、私大入試でも超頻出テーマです!!

1912年7月30日、明治天皇が亡くなり、すぐさま、大正天皇が即位。

時代は、『明治』から『大正』へ。

明治45年が大正元年。

 

 

ところで、明治の歴代内閣は大丈夫ですね?

 

いくや、まいまい、おやいか、さかさ・・・

 

さか、の2つ目の『さ』は、第2次西園寺公望内閣、まだ明治だからね。

で、大正になって・・・・

(いくや、まいまい、おやいか、さかさ) からの・・・・・

 

やお、てはたか、かとうちゃん!! と続きます!!

 

大正になって、『』すなわち、第3次桂太郎内閣だよね。

 

さて、前置きはこのくらいにして、

 

第2次西園寺内閣の話。

日露戦争後のながぁ~い不況の中、緊縮財政でいくしかないのさ。

そんな中、1910年の韓国併合、さらには1911年の辛亥革命・・・・・

朝鮮半島の統治問題が!!

陸軍は、2個師団増設を要求!!

これに対して西園寺内閣は閣議で陸軍の要求を突っぱねる!!

すると・・・・陸軍大臣上原勇作は、単独で辞職。

陸軍は次の陸軍大臣を出しません!!

思い出してください!! 『軍部大臣現役武官制』ね。

だから、陸軍大臣の引き受け手がいないのさ。

これを『陸軍のストライキ』っていうからね。

でっ・・・・西園寺内閣は、総辞職に追い込まれたのさ。

 

でっ、次は誰? って元老たちの間でもゴタゴタが続いたあげく、またしても

『桂』・・・・・いくや、まいまい、おやいか、さかさ、やお・・・・の

桂が、三度目の登場って事になったのさ。

 

ところで・・・・『元老たち』の元老って?・・・・一応、確認しとくよ!!

 

元老とは、天皇の最高顧問さ!!

大日本帝国憲法では、天皇が後継首相を任命することになってたよね?

ところが、実際は、伊藤博文とか山県有朋、松方正義だとかの薩長有力者の会合で後継首

相を選定し、それを天皇へ推薦して天皇が任命するっていう慣例になってたのさ。

 

さて、話を戻しましょう!!

桂太郎・・・・長州、陸軍の大御所。だって、陸軍のストライキとか、陸軍とのゴタゴタ

を丸く収められるのは、当時、桂しかいなかった。

 

ところが、桂は、その時、府中を去り、宮中にいたわけ。

当時は、内大臣兼侍従長という地位さ。

 

『宮中、府中の別』を乱すな~!!・・・・・って感じで反対運動が起こったのさ。

 

最初は、一部の政治家、ジャーナリストだけだったんだけど、しまいには一般民衆まで!!

この反対運動を『第一次護憲運動』って言いますね。

スローガンは大丈夫だね?

基本中の基本!!

『閥族打破・憲政擁護』

ちなみに、”憲政”ってのは、憲法に基づいた政治、

“擁護”ってのは、守っていこう!!

だから・・・・このスローガンは

言い換えたら、特権を握ってる人たち(閥族)が勝手な政治をやらないように戦うぞ~って

感じです。

 

で、この第一次護憲運動の先頭に立ってた政治家2人

 

こみち行く声優』だからね!!

 

犬養毅 立憲国民党 と 尾崎行雄 立憲政友会

 

で・・・・注意してください!!

 

立憲国民党がみんな反桂になったわけじゃないからね。

この時は、犬養は、立憲国民党、そしてその後、政友会総裁となって

総理大臣となって、『五一五事件』で暗殺されます。

 

で、全国各地で、反桂の政治集会が開かれます。これを憲政擁護大会って言います!!

しまいには、デモ隊が国会議事堂を取り囲みます!!

これで、総辞職に追い込まれてしまったってわけさ。

だから、民衆デモで最初に倒された内閣が、この第3次桂内閣だからね。

これには、当時の支配者層の人たちは、かなりビビってたのさ・・・・・

 

でも、この間、桂は指をくわえて、待ってたわけじゃない!!

伊藤博文のマネをして、政党を作って政権を強固なものにしようと動いてたのさ。

これが、立憲同志会だから!!

このへんは、何ともややこしいから、しっかりと整理しておかないとならないから。

 

それで・・・・新政党の発足を宣言したのち、なんとっ!! 桂は急死・・・さぞ、無念だっ

たと思うんだよね。

 

この、一連の政変・・・大正2年、1913年に起こったので、『大正政変』って呼びます。

3度目の桂内閣、わずか53日で終ってしまいました・・・・・・

ちなみに、桂が死んだ後、立憲同志会の総裁は、桂の遺志を受け継いだ加藤高明!!

 

で、何とも、面白いことに、大正時代の最後に起こる第二次護憲運動で、この加藤高明が

護憲運動の中心人物として活躍するんだよね・・・・・。

 

以上、大正政変のピンポイントレクチャーでした!!

 

 

 

本日も、最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。